2019年10月3日(木)蛇笏忌

秋晴れの中、5回目を迎えた飯田蛇笏・飯田龍太文学碑の碑前祭を山梨県立文学館で開催した。両文学碑の前には山廬の真竹に、山廬で採取した曼殊沙華が飾られた。

会場となった文学館には午前中から俳句愛好者が集まり、吟行を行っていた。正午の受付と同時に多くの方が受付を済ませ、専用の投句用紙に俳句を書いて投句を行った。午後1時から講演会が行われる講堂の入場が始まり、式が始まる午後1時半には、500席すべてが埋まった。

山廬文化振興会の飯田秀實理事長、山梨県立文学館の桐林雅樹副館長の挨拶の後、笛吹市の山下政樹市長が祝辞を述べ、講演会となった。講師はテレビなどで大活躍の俳人・夏井いつきさん。「龍太に何を学んだか」と題し、俳句を始めて間もない時、龍太の「紺絣春月重く出でしかな」に感銘を受け、その後龍太の著書を教科書として俳句を学んだことなどを話した。時折交えるユーモアに会場は和やかな雰囲気の中、夏井さんの話を楽しんだ。この後投句された句の優秀作品の発表と表彰が行われた。最後に雨宮更聞理事が来年は龍太生誕百年にあたることを告げ、碑前祭を閉じた。

7月17日 山廬俳諧堂がある笛吹市境川町の笛吹市立境川小学校では小学校6年生を対象に俳諧堂で俳句教室を開きました。境川小学校は飯田蛇笏も飯田龍太も卒業した学校で、学校の正面玄関には龍太が贈った「どの子にも涼しく風の吹く日かな」の句が掛けられています。

連日35度を超える猛暑日が続く中、小学生たちは学校から山廬まで徒歩でやってきました。15分ぐらいの道のりですが、上り坂を歩いてきた子供たちの額には大粒の汗。それでも元気に挨拶を交わします。1組と2組の児童は21人と20人。クラスごとに別れ俳句教室。はじめに飯田秀實理事長が山盧や俳諧堂について説明しました。昨年5年生の時にも俳句教室を開き、さらに、学校で「親子俳句教室」を開くなど境川小学校では日頃から俳句を勉強しているだけあり、飯田蛇笏、龍太の句を暗唱できます。蛇笏と龍太の代表句3句づつを大きな声で読み上げました。

今回も小林校長が先頭に立って俳句教室を企画し、笛吹市教育委員会が「出前授業」として支援しています。そんな取り組みを山梨県内の学校に事例報告するため山梨県教育委員会も立ち会いました。

俳句教室では、夏の俳句づくりについて学びました。講師の俳人で山廬文化振興会の雨宮髙文(俳号更聞)理事から夏の季語について教えてもらいました。そしてその場で児童たちは俳句を作り、1句ずつ清記して雨宮理事に講評してもらいました。

全員が1句以上作りましたが、境川小学校ではこの日俳句を学校の廊下に張り出してみんなで鑑賞するそうです。

秋には5年生の俳句教室を開く予定です。

2017年12月23日 第21回「俳句の里」笛吹市全国小学生・中学生俳句会の表彰式が、笛吹市の「いちのみや桃の里ふれあい文化館」で行われました。今年度は全国の小・中学校687校から46,364名の児童生徒から投句がありました。旧境川町が開催したこの俳句会も今年で21回目を迎え、これまでで最も多い投句数となりました。

午後からの表彰式に先立って、受賞者の皆さんに山廬が開放され、受賞者と保護者の方々が、「俳諧堂」「山廬母屋」「後山」を見学しました。母屋は通常非公開ですが、受賞者のために開放され、蛇笏・龍太が使っていた書斎や、多くの文化人が山廬を訪ねた際、談笑した奥座敷に入り、蛇笏・龍太の筆墨を観賞したり、江戸時代に建てられた築190年の建物をしました。書斎の炉には炭が焚かれ、子供たちは一つ一つに感動していました。

小春日和の中、狐川を渡り蛇笏・龍太が愛した後山を散策しました。

≪小学校の部≫

文部科学大臣賞 

  山梨県笛吹市立石和北小学校 3年 山口 乃愛

     たいようにアイスクリームうばわれる

≪中学校の部≫

文部科学大臣賞 

  

岡山県津山市立加茂中学校 3年 野口 芽生

  蛍火の光一粒手の中に

12月2日土曜日 山廬の最低気温は氷点下。だいぶ冷え込んだ朝でした。その分空気は澄み、凛とした大気に身が引き締まります。

午前9時、参加者が山廬に集合しました。日中は風もなく、小春日和。作業にはありがたい天気となりました。

山廬文化振興会の賛助会員、一般の方、そして山廬運営委員併せて32名。みなさん作業着姿でやる気十分です。

すでに何度か参加した方もいますが、初めて協力して下さる方も10数名いました。

飯田理事長も地下足袋を履き、腰には鉈と竹伐り用の鋸をベルトに下げ、本格的です。

理事長から作業手順の説明があり、竹切の必要性について解説。さらに竹を切る要領など、丁寧な説明に一同納得した様子。参加者はそれぞれの担当を確認し竹林に移動しました。

山廬には孟宗竹と真竹の竹林があり、今回は両方の竹林整備です。

伐採する竹には事前に理事長が印をつけてありました。筍から4年から5年経ったものです。

竹林は数年放置すると、古竹が枯れ、雪折れなどによって、竹林は竹藪になっていきます。

こうなると、人力で整備することが難しくなりますます荒れていきます。

毎年、秋から初冬にかけて古い竹を切り出すと、きれいな竹林が維持されます。

山廬の景観を維持するためにも大切な作業です。

参加者の素晴らしい連携で、古い竹を切り出し、枝を払い、その枝を整然と整理。みるみる竹林が明るくなります。

みなさん重労働にもかかわらず爽やかな顔。額にはうっすらと汗がにじんでいます。

休憩をはさんで午前中の作業で、予定より広い範囲の整備が終わりました。

全員で記念撮影。みなさんの笑顔が、作業の達成度を表しています。

昼食後は参加者それぞれ希望の青竹を持ち帰りました。

 おかげさまで、竹林は明るくなり、冬の日差しが柔らかく射し込むようになりました。

お疲れ様でした。お礼申し上げます。

5月11日 山廬俳諧堂がある笛吹市境川町の笛吹市立境川小学校では小学校6年生を対象に俳諧堂で俳句教室を開きました。境川小学校は飯田蛇笏も飯田龍太も卒業した学校で、学校の正面玄関には龍太が贈った「どの子にも涼しく風の吹く日かな」のが句が掛けられており、日頃から俳句に親しんでいます。

この日は五月晴れ。新緑の中を児童は学校から歩いて山廬にやってきました。1組と2組の児童はそれぞれ21人。クラスごとに別れ、初めに2組が先に俳諧堂に入り、俳句教室。飯田秀實理事長が山盧や俳諧堂について説明しました。日頃から俳句を勉強しているだけあり、飯田蛇笏、龍太の代表句を暗唱できます。

さっそく俳句教室に移り、夏の俳句づくりについて学びました。講師の俳人で山廬文化振興会の雨宮髙文理事から夏の季語について教えてもらいました。そしてその場で児童たちは俳句を作り、1句ずつ清記して雨宮理事に講評してもらいました。

この間1組の児童は山廬の主屋などを見学しました。山廬文化振興会の運営委員が児童たちに書斎や、土間を案内しました。

全員が1句づつ作りましたが、境川小学校ではこの日俳句を学校の廊下に張り出してみんなで鑑賞するそうです。

平成29(2017)年3月25日 山廬俳諧堂が完成しました。

竣工式では笛吹市の山下政樹市長、笛吹市議会の海野利比古議長、笛吹市文化協会の斉藤幸三会長など80人が参加して行われました。

多くの方のご支援により、飯田蛇笏ゆかりの表蔵「俳諧堂」が蘇りました。

俳諧堂の棟には飯田家の家紋「丸に立澤瀉」が鏝

俳諧堂、主屋、文庫蔵。三つの漆喰の棟が山廬の新たなシンボルです。

飯田蛇笏・龍太父子の文学碑顕彰の第2回碑前祭を今年も実施した。猛暑の後は9月から10月初旬に亘り、まさに「秋霖」に見舞われた日の連続であっが、10月15日の碑前祭当日は何故か旻天高く絶好の碑前祭日和となった。

当日は、山梨県芸術の森公園内に立地する、山梨県立文学館の「素心庵」に参集する。この素心庵は周知の通り、飯田龍太が命名したものであり、素心庵の玄関には、龍太師直筆を刻した立派な銘板が掲げられている。

素心庵内の床の間には、昭和21年「春蘭」所収の、

 冷ややかに人住める地の起伏かな   蛇笏

とともに、昭和53年「今昔」所収の、

 去るものは去りまた充ちて秋の空   龍太

の二軸が会場の雰囲気を一段と、引き締めていた。

二軸の許に据えられていた盆栽を始め、会場には、秋の景を愉しませて呉れる銘品の盆栽が展示された。

この丹精込めた逸品は、盆栽師である「泰樹園」の園主、江坂泰樹氏によるものであり、何ともいえない印象的な素晴らしい雰囲気が、会場内を和ませていたのが忘れられない。

12時半、時間厳守で碑前祭は始まった。共催である山梨県立文学館の三枝昂之館長の挨拶のあと、

主催者を代表し山廬文化振興会の飯田秀實理事長からは目下再建をすすめている「俳諧堂復元」への芳心の御礼と、進捗について現況報告がされた。

続いて講話に移った。、講師は元山梨県知事の望月孝明氏である。元知事は、ミレーの美術館で名高い「山梨県立美術館」の建設や美術品の購入にも関わりがあつた。何より山梨県立文学館・素心庵の建設当時の現職知事であり、龍太との親交は浅からぬものがあった知事である。

御歳九十二歳と五か月と述べられていたが、明敏なところは相変わらずであった。講話のなかでは、蛇笏・龍太への敬慕の思いは勿論であるが、芥川龍之介はじめ、近現代の文人等の事にもふれた話題に会者は忽ち引き込まれていた。文学館の必要性は何よりも、ミレーの絵画を保有する一流の美術館の脇には、一流の文学館が必要であつたと云う経緯を述べられた。

講話終了後は、直ちに蛇笏文学碑に赴き、続いて龍太文学碑に佇み、嘱目吟に励みつつ、俳句会場である文学館研修室に入る。

俳句会は、当季雑詠で二句投句。午後2時投句締切である。今回は、ごく最近から俳句を始めた人や、俳句に親しんで1、2年と云う参加者もおり、た これぞ、蛇笏・龍太の精神に適った碑前祭の目的である交流の成果と言えるの...

 10月2日(日)と3日(月)蛇笏忌の両日、山廬の特別公開と現在復元工事が進められている山廬俳諧堂の見学会を開催しました。2日は秋晴れの中、山梨県内外から多くの方が訪れ、通常は非公開となっている山廬邸内を見学しました。蛇笏、龍太が生活した書斎や座敷には蛇笏、龍太の秋の句が飾られ、度々山廬を訪れ蛇笏葬儀にも参列した井伏鱒二の書も展示されました。また、復元中の俳諧堂はすでに屋根下地も完成し、蔵の外観を見ることが出来ました。見学者は1階に入り蛇笏が「俳諧堂」として使った2階部分を見上げていました。

 3日は蛇笏の命日「蛇笏忌」にあたり、献茶が行われ、希望者に蛇笏好みの羊羹と共に抹茶が振舞われました。この日は前日と変わって雨模様となりましたが、訪れた人たちは秋雨の降るしっとりした山廬を堪能していました。両日とも山廬文化振興会の運営委員が受付や案内を行いましたが、山廬主屋では飯田理事長が主屋の建築や、敷地の説明を行い、蛇笏忌にあわせて祖父蛇笏の思い出を話しました。東京からグループで見えた俳人の一行は、山廬の他、飯田家の墓地など小黒坂周辺を吟行し、ゆったりした時間を過ごしていました。

 見学に訪れた方々は、山廬での一句を俳諧堂復元の瓦裏面に書いていました。この瓦は10月中旬に俳諧堂の屋根に葺かれます。

山廬文化振興会では俳諧堂復元工事にあわせて、「俳句の里笛吹市」の地元笛吹市立境川小学校と相談し、6年生の卒業を記念して、俳諧堂復元に使う瓦に児童自らが作った俳句を書いてました。

9月9日秋晴れの中、6年生43人は、校長や担任の教員に引率され山廬に来ました。

1組と2組に分かれ、用意された瓦の裏にそれぞれが詠んだ俳句と名前を書きました。

児童たちは飯田理事長の案内で山廬の邸内に入り、蛇笏や龍太が仕事をした書斎を見学し、蛇笏の句が貼られた屏風や、『どの子にも涼しく風の吹く日かな』の龍太が書いた掛け軸に見入っていました。

境川小学校は蛇笏、龍太の母校であり正面玄関には『どの子にも』の扁額が掛けてあることでも知られています。

この瓦は10月には俳諧堂の屋根に葺かれますが、子供たちが書いたこの瓦の裏の俳句が再び姿を現すのは何十年か経った、屋根修復の時です。

 6月上旬山廬の庭の手入れを行っている「竜澤造園」の職人が来た。

山廬の樹齢350年を越える赤松の新芽を摘む作業が始まった。

赤松の樹勢はとてもよく、新芽はかなりの伸びている。

庭師はその芽を丁寧に刈ってゆく。この作業がおろそかになると、全体の形が崩れてしまう。

手入れが終わり、赤松は初夏の装いとなった。

Older Posts >

Please reload

​一般社団法人山廬文化振興会 

住 所:406-0851 山梨県笛吹市境川町小黒坂270 / メール:sanro-bs@kxe.biglobe.ne.jp / 電 話:055-234-5123